2009年04月01日

親を越えてゆく時

ritumei4.jpg今日は娘の入学式
花の女子大生への仲間入りである。
京セラドームに押し寄せた新入生は7千人、大学院生1500人
保護者数千人、コンサート会場さながらの熱気である。
規模が大きいものの内容については、普通の入学式と同様に
学長の挨拶、保護者会会長(かなりの有識者)の挨拶などなど、聞いていると眠くなる内容である。しかしながら、自分の頃にラップさせたり子どもの今日までの成長を振り返ると、さすがにジーンとくるものがあったりもする。
そして子どもは親を越えてゆくのである。
そんな姿がうれしくもあり、羨ましくもあり、そして少しだけ寂しかったりするのである。
ritumeidorayaki.jpg
そういう親の喜びに便乗して、大学名の焼印の入ったどらやきが売っていたりする。
京都の大学ということで、生八橋入りである。

今日は娘とゆっくり大阪で食事でも思っていたが
「友達と遊んで帰る!」
メールの文字は無機質で悲しくもある。

親を越えるとき
それは親から離れてゆくときでもあるのかもしれない。
posted by fieldオヤジ at 22:59| Comment(0) | ささやかな幸せ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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